歌枕「末の松山」の奇跡

百人一首に収録されている「末の松山」

契りきな かたみに袖をしぼりつつ すゑの松山 波こさじとは

by 清原元輔(清少納言の父)

上記の「末の松山」は平安の昔から数多くの和歌に詠まれてきた歌枕の1つで、「お互いに涙で濡れた袖をしぼりあって、あの末の松山を、波が越えることがないのと同じように、私たちの愛も決して変わることはないと約束したのに」という意味で、心変わりをした相手の女性に恨みを述べている歌といわれています。

実はこの歌には、869年に起きた貞観地震にまつわる記憶が秘められているといわれています。 

貞観の大地震


地震の大きさや津波浸水の規模などあらゆる面で東日本大震災(3.11)と類似するとされている869年に発生した貞観地震は、平安京を中心に当時の人々の安全意識を根本から変えました。
日本三代実録の中で、貞観地震は「地震光とともに大地震が発生し、立っていることもままならなかった。家屋が倒壊し、地割れが起き、多賀城の至るところが破損し、やがて海鳴りが起こったかと思うと津波が押し寄せた。大多数の人が溺死し、人々はあらゆる財産を失った。」と記されています。
もともと「末の松山」(現在の宮城県多賀城市八幡の独立小丘陵にある景勝地)は、大津波にも飲まれなかった場所として平安の昔から広く知られる名所で、波が松山を越えることはまずあり得ないことであり、もし波が越えたならそれはもっとあり得ないこととされていました。
実際、貞観地震の津波は「末の松山」には届きませんでしたが、すぐ近くまで迫っていて、「末の松山」を越える可能性があった凄まじい津波だったそうです。
東日本大震災(3.11)の時にも「末の松山」は、周辺の市街地が2メートル近く浸水したにもかかわらず、津波は「末の松山」を左右に分かれて流れ、奇跡的に「波こさじ」だったそうです。

歴史から学ぶ災害意識の重要性


貞観地震や東日本大震災(3.11)と同じような災害が訪れた時、甚大な被害が起こってしまう可能性も大いにあります。
もちろん、「末の松山」のような奇跡が起きる可能性もありますが、次の災害でも同じような奇跡が起きるという保証もありません。
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